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駄目だ。 スザクは食器を台所に下げながらそう思った。 今のままでは駄目だ。 ここまで信用されていないなんて思わなかった。 確か彼を幾度と無く裏切り、皇帝に売り払い、土下座した彼の頭を踏みつけもした。 不本意だが、シュナイゼルに売った形にもなった。 だが、それでもゼロレクイエムの共犯者となり、彼の唯一の騎士としてその横に立ったのだ。ユーフェミアの仇として、その命を奪うことが目的ではあったとはいえ、それでもあの短い皇帝時代、ルルーシュはスザクに全般の信頼を置いてくれていた。 その命を預け、スザクの力を信じてくれた。 それがどれほどの幸福だったのか、理解したのは全てが終わった後だった。 命を削りながら政務を行い、優しい世界に至るための道筋を残す事に夢中になり、自分の死後訪れる平和な世界を楽しそうに語る姿に、痛ましさを感じながらも、ユーフェミアの仇なのだからそれが当然の報いだと、その姿を見続けた。 未来を見ず、過去だけを見ていたから気づけなかった。 失ってから、どれほど大切な者だったのか、初めて気づく。 失ってから、どれほど彼が特異な存在だったのか、初めて知った。 彼は誰よりもやさしく、誰よりも賢く、誰よりも悲しい人だった。 ゼロの仮面を被って初めてその重圧を知り、向けられる羨望の眼差しを知った。 人々にどれほどブリタニアが憎まれ、ゼロが求められていたかを知った。 ルルーシュが皇帝となる以前から、ブリタニア以外の国はブリタニアの崩壊を望み、ゼロを希望とし戦っていたことをようやく理解した。 視点を変えただけで、世界が全く別のものに見え、自分が犯した罪を知った。 ゼロの罪は消えない。だが、それ以上のものをゼロは残していたのだ。 殺してはいけない者を殺し、その者の名を名乗り、居場所を奪い取った罪に押しつぶされそうになり、彼に懺悔をと望むようになったのはゼロとなって間もない頃だった。 だが、彼のことを思い出そうとしても、思い出されるのは笑顔の彼だけ。 皇帝としてあった時、彼は共犯者達に笑みを向け続けた。 慈愛の笑み、王者の笑み、皮肉げな笑み、死ぬ瞬間も、死んだ後でさえ笑顔だった彼は、夢の中でさえ笑顔であり続け、罵倒することも、恨み言さえも口にしなかった。 すべてを許している。 彼の笑顔はそう告げていた。 彼を皇帝に売った時、神社で取り押さえた時見せた憎しみの顔を思い出そうとしても、最後の笑みに全て塗り替えられてしまっていた。 皇帝と騎士となった後、彼はあれだけ裏切り続けたスザクに対し、その事を非難することも、問い詰めることも無かった。 自分を許すことは無いと言いながら、全てを許していた彼が、悪意を込めて非難する姿を想像が出来なかったのだ。 いや、そんな想像をする事で、皇帝として潔く散った彼を穢せなかったと言うべきか。 自分の犯した罪を正確に理解してから、死んであの世で再び再会することが出来たなら、もう二度と彼を裏切らないと、もう二度とその手を離さないと、そう決めていた。 だから再会した時に胸を張って、君の願いどおり平和な世界を創造し、それを守リ通したよ。と、そう報告できるように頑張ってきたのだ。 たった10年。 だが、とても長い10年だった。 世界から戦争はなくなり、小競り合いはあっても概ね平和な世界が維持されていた。 この命が尽きるその日まで、この平和を守る。 それが当時の僕の唯一つの願いだった。 だが、奇跡が起きた。 時が巻き戻り、再び生きた彼と再開するという奇跡が。 だから、今度こそ必ず守ると心に誓っていたのだが。 許されてはいたが、信頼はされていなかった。 信頼がなければ、その手を取ることさえ許されない。 こんな状態で騎士だなんて名乗れない。 失った信頼を取り戻さなければ。 彼の全てを守る。 彼の騎士は自分だ。 これは誰にも譲らない。 これがが欲だと言う事は解っている。 だけど、この願いを捨てる事は出来ない。 スザクは新たな目標を胸にルルーシュの眠る部屋へ戻った。 まずは薬を飲まさなければとベッドを覗くと、すでにルルーシュは夢の世界に旅立っていた。 「あれ?寝ちゃったの?薬まだなのに」 話すのが少し辛くて、つい食器を下げるのを理由に離れてしまったが、薬を飲ませてからにするんだったと後悔した。 ベッドの端に腰掛け、薬どうしたら良いかなと思わず途方に暮れる。 「薬でしたら私が飲ませました」 スザクさんが飲ませると言っていたのに、勝手に飲ませてごめんなさい。 ベッド横の椅子に座っていたナナリーは眉尻を下げ謝ってきた。 「あ、そうなんだ。良かった。有難うナナリー」 あからさまに安堵した表情で息を吐いた後、ニッコリと明るい笑顔でスザクはそう言うと、ナナリーは驚いたように口をぽかんと開けた。 「ん?どうしたのナナリー?」 小首を傾げながら尋ねると、ナナリーは慌てたように開いていた本を閉じ、テーブルの上に置いた。 「いえ、スザクさん怒っていないのですか?お兄様に信用していないと言われたことを」 てっきりお兄様に事で起こっていると思ったものですから。 「ああ、あれね。言われて仕方のない事を沢山したからね。無くした信用を取り戻すのは大変だけど、頑張るしか無いよ」 苦笑しながら言うスザクに、ナナリーは驚いた様に目を瞬かせた。 「そんなに、お兄様の信用を無くされることをしたのですか?スザクさんはお兄様の協力者だったんですよね?」 「・・・誰にも聞いてないの?」 「はい、何も」 「・・・」 つまり彼女の中では、スザクという人物はルルーシュとナナリーを裏切ることのない、信頼できる幼なじみのままなのだ。 「教えてもらえませんか?」 「・・・ゴメン、言いたくないです」 信用と信頼を失った経緯を暴露できるかといえば否。 思わず目を逸らしながらそう言うと、ナナリーは怒ったように眉を寄せ、此方をじっと見つめてきた。 ルルーシュの目も力があるが、彼女の目も強い意志の力を宿していて、疾しい事を抱えているスザクは正面から見つめる事ができなかった。 ルルーシュを皇帝とシュナイゼルに売ったこと。24時間監視体制のなかで彼を飼育と称し軟禁していたこと。しかも監視の最高責任者だったこと。記憶が戻っているかナナリーとの電話も利用したこと。土下座をしてまでナナリーを助けようとしたその頭を踏みつけたこと。ナナリーが攫われたから手伝ってくれと言われたが、銃を向け、彼の言葉を信じなかったこと。 まだまだ考えればたくさんあるのだ。 これは言えない。 知らないなら尚更話せない。 だが、嘗ての主ユーフェミアの仇であるゼロがルルーシュだと知ったら、僕がどう行動するのか想像はできないのだろうか? 自分だってルルーシュがゼロと知って、その命を奪おうとしただろうに。 そう思いながらチラリとナナリーを見る。 「・・・そうなのですか。スザクさんもお兄様が信じてないことに納得していたのですね」 俯き、両手をぎゅっと握りしめながらそういうので、どうしたの?とスザクは尋ねた。 「お兄様があまりにも酷いことを言うので、今のは言い過ぎですと、お兄さまを叱ってしまいました」 「え!?ナナリーが?ああ・・・それは、ルルーシュかなり凹んでたでしょ」 「・・・解りません、困ったような顔はされていましたが。・・・でも、お兄様が何を言っても頑固にスザクさんはどうしても信用出来ないと仰るので、お兄様の意志を継いで10年間どれほどの思いでスザクさんがいたか解っていないと・・・」 ジェレミアが制止するのも無視して、叱りつけてしまったというその言葉に、思わず両手で顔を覆った。 これは凹んでる、間違いなく。 どうしよう、僕のせいだ。 この事に関しては、ルルーシュは悪くない。 人間不信になる程の事をした自覚はある。 普通なら、これだけ裏切る者を傍には置かない。 最後の作戦の協力者に選ばない。 自分なら間違いなく最初の裏切りで完全に見切りをつけている。 それだけのことをしたのだ。 ふと、昔ルルーシュを守ると口にした時断られたのを思い出した。 何も対価がないのに守ると言われても信用出来ないと言われた。 だから、ルルーシュはスザクを、スザクはルルーシュを守るという対価を払うことでようやく了承を得たのだ。 考えてみればゼロレクイエムに協力する対価はユーフェミアの敵討、つまりルルーシュの命だ。だから、自らの傍に置けた。 ロイドとセシルには、ルルーシュの私財を全て与えたと聞いた。 黒の騎士団の運営費も一時的とはいえ賄えるほどの財を蓄えていたらしい。 そういう意味で考えるならジェレミアはルルーシュの中で特別な存在だ。 彼の忠義は素直に受け入れている。 ・・・悔しいな。 スザクはその信頼を得たのが自分ではないことが悲しくなった。 スザクのそんな反応を見たナナリーは、泣きそうに顔を歪め、スザクは慌てて顔から手を話し、笑顔でナナリーを見た。 「有難うナナリー。僕のことを心配してくれたんだね。でも大丈夫だよ。ルルーシュはナナリーのことは怒ってないから」 「ですが、私はお兄様の気持ちも考えずに・・・」 私はまた間違えてしまいました。 「何も言わないルルーシュも悪いんだよ。だから気にしないで。ルルーシュが目を覚ましたら一緒に謝ろう?」 「・・・はい」 大きな紫色の瞳を潤ませ、泣きそうになったナナリーの頭をスザクは優しくなでた。 |